むかし、ばあちゃんが作ってくれる「ライスカレー」を、幼い僕はじっと見て育った。台所の古いタイル張りのシンクの縁にほうずえをついて、ばあちゃんの手元をただ眺めているだけで、ぼくは料理を覚えた。


フライパンに小麦粉とカレー粉をふるい、炒めながら水を注ぎつつ粉をまぜてゆく。ただそれだけの料理だった。炒めながらやるのは、小麦粉の粉臭さを消して香ばしくするためだ。


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大人になってベシャメルソースを作っていて、なんだカレールーの水を牛乳にするだけだなとすぐ気がついた。ホワイトソースには、長年ミルクを飲む風習がなかった日本人にはあまり体にはよくないバターや牛乳の乳製品が使われるが、小麦粉で作るところは同じだ。

乳製品は確かによい食品だろうが、その乳性分を分解する酵素を、もともと人間は持っていない。けれどアフリカ人や欧州人は、その後の長年の摂取で、その酵素をなぜか復元できた。ところが島国に陸封されて魚食してきた日本人にはそれがなく、明治時代には牛乳でのきなみ腹下し。今でも牛乳が飲めない人は多い。

それがカレーが英国から伝わると、すぐさま水でとき、小麦粉でねばりを出すホワイトソースヒントのカレールーを創作した。すごいね。


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料理は民俗学である。
やらない人は、それだけ民族の多様性やすごさを肌では感じられない。残念。