韓国が核を保有したいらしい。
北の脅威を思えばそうだろうとは思う。

核が抑止力になれる時代が続くなら、世界中が持ったほうが戦争がなくなるという机上の空論もある。

例えば、昔スウェーデンが世界にさきがけてポルノを解禁したとき、するとかえってポルノが売れなくなったということがあった。要するにどうしても見たいという男の本性は、禁じられれば禁じられるほど燃え上がるが、見てもよいことになったら、情熱がうせて誰も希少価値を感じなくなっていったという話である。

その論理で言えば、核を全世界が当たり前のように保有すれば、人間の戦おうという本能もなえるはずである。

しかし、ものごとは軍備に関してはそううまくは運ばない。

核が当たり前になったら、また別の武器を誰かが作り出すだろうからだ。

そうなると核はもう今の普通の道具になってしまい、新しい武器が新しい抑止力となり、みんながそれを求めるようになるからだ。


で、ポルノの場合はどうなったかというと、あまりにもあけすけに解放されて、誰も見なくなった代わりに、今度は実生活で猟奇的なクラブなんぞが流行り始めたらしい。離婚は増え始めるわ、結婚そのものも減るわと、ろくなことにならなかったそうな。


開放とか平和が度が過ぎると、人間はわがままなもので、変な方向へ向かうものらしい。

核が水鉄砲だったとすると、中に入れるものが水では満足できなくなり、色をつけたり、シャボンを入れたり、ねちょねちょを入れたりと、まあ人間の好奇心は変な奉公を目指すようにできているらしいのである。どうしようもないね。


韓国も日本も一度持ってみたらいいと思う。
そりゃ北のようなおもちゃだって黙ってりゃ核なんだからね。
持ったと言えばいいだけかも知れない。

それで国民が大騒ぎになる。そういう宣伝方法は確かにある。

昨日の電車、帰りはそこらじゅう外国人観光客だった。
フランス人、上海人、台湾人、タイ人、インド人、アメリカ人、韓国人、国籍不明人で溢れていた。

上海からきたおばちゃんに、英語でどこからきたかと聞いたら何度も聞き返す。日本語で聞いたら通じた。そんなものなんだね。


車内で子供も大人もうろつくわ、しゃべるは、弁当やらお菓子やら食べ始めるわ。荷物はでかいわ、多いわ、爆買いしてるわで、騒々しいったらない。落ち着きがない。旅行で浮かれかえっているからまあ、しゃべるしゃべる。まるで上海の露店街ごとやってきたかのような騒ぎである。

欧米人は静か。韓国人もわりと静かである。上海だけがやかましい。


次はバッグに「核弾頭が入っています、お静かに」と書いて乗ることにしよう。


しかし中国人はテニスやゴルフや美術館には来ないで欲しいですな。